シルクオルフェウスの思い出  

キャロットの会報7月号のトレーナーファイルは『調教師 竹内正洋』さんでした。

その会報に載っている情報によると竹内正洋調教師は、
『2006年4月にJRA競馬学校の厩務員課程に入学し、同年10月に卒業。
一旦、美浦・国枝厩舎に厩務員として配属され、翌11月に美浦・矢野照正厩舎に移り、調教助手となった。』

とのこと。

竹内正洋調教師の顔を見て一頭の元出資馬を思い出しました。

■シルクオルフェウス
父:アドマイヤベガ/母:バレリーナチュチュ(BMS:ブライアンズタイム)
誕生日 2004年5月6日
生産者 ラッキー牧場(新冠町)
調教師 美浦・矢野照正
中央獲得賞金 1,840万円
通算成績 11戦2勝(2-2-0-1-1-5)


バレリーナチュチュの母がオシアナ、半弟がビワシンセイキという元は早田牧場の血統です。
シルクオルフェウスは当歳募集馬で、カタログの後ろから撮った写真の右飛節から下が外に流れていましてね、いろいろと気を揉みましたよ。
DVDで歩様を見ようにも母馬の横をトボトボと歩く当歳馬ですし、歩様を誤魔化す?みたいなボコボコの放牧地で歩かせているので、わかりゃあしない。

シルクオルフェウスを初めてみたのは2005年、1歳11月に天栄ホースパークで行われた募集馬見学会でした。
展示される前に馬房を見に行ったら喉にガックバンドをはめられていたんですよ。
さく癖(グイッポ)を防止するためのものです。
見てはいけないものを見てしまったと、一緒に見ていた乗馬仲間と目を合わせてしまいました。



2歳になった2006年の5月12日にトレセンに入厩。
夏競馬でデビューと思っていましたが、右飛節にフレグモーネを発症し、当時の天栄ホースパークへ放牧。
8月に天栄HPへ馬を見に行ったんですが、スタッフにフレグモーネはどうですか?と聞いたら何も知りませんでした(爆)。
NF天栄になる以前は、そんなんだったんですよ。



当時の経営陣と考えが合わなかったのか、場長はコロコロ変わりました。
シルクオルフェウスを見に行った時は、場長がちょうど前職で高崎競馬で調教師をやっていた方から美浦の某厩舎で調教助手、厩務員をされていた方に変わったタイミングでした。
まァ、その場長もそう長くは場長に就いていたわけではなく、しばらくして辞められ”場長不在”という期間が続きましたね。

なんだかんだでシルクオルフェウスのデビューは2歳の11月になってしまいました。
その日は天栄ホースパークで募集馬見学会が行われる日でした。
当初は私もそれに行くつもりでしたが、シルクオルフェウスが調教で動き、アルゼンチン共和国杯で3着に来たドラゴンキャプテンを煽ったとかなんとかで多少は話題になりましたので予定を変更して府中に行きました。
新馬戦の結果は残念でしたが、やはり新馬戦は見ておきたかったですからねぇ。


2006.11.11 東京4R 2歳新馬 ダ1600m

年が明け、2戦目となった2007年1月7日のレースではDDSPの兆候があるみたいで舌を巻き込んでしまうということで競馬では舌を縛ることになりました。
関係ないかもしれませんが、やっぱりガックバンドを付けられる理由はありましたねぇ。
デビュー戦に続いてこの時も2人引きでした。
引いていたのは、ベテランの厩務員のオッチャンと、シルクオルフェウスがデビューした頃に矢野照厩舎の一員となった竹内助手です。


2007.01.07 中山5R 3歳未勝利 芝1600m

2着が2回続き5戦目となった2007年3月31日に福島で初勝利を上げました。
前進気勢の強い馬で、前で競馬をすると良かったです。
中舘騎手で逃げて勝ったのですが、その前のレースで乗った善臣騎手に「逃げたら抑えが利かなくるぞ」とコメントされたのを覚えています。

3歳500万下になったシルクオルフェウス、この日は最初はベテランのオッチャンが一人で引いていましたがグイグイと歩いて抑えが利かないので急遽竹内助手が登場しました。


2007.04.29 東京6R 3歳500万下 芝1800m


同じ2004年生まれの出資馬にはキャロットのニードルポイントがいました。
ニードルポイントは4勝し準オープンまで行ってくれ、私の中ではシルクオルフェウスもそれぐらいは走ってくれると思っていました。
それが4歳、2008年4月10日に突然終わってしまいました。
調教中に右前脚の繋部分に骨折を発症し、予後不良の診断となり、安楽死の処置が取られました。


竹内正洋調教師、現在の管理馬は27頭で社台F2頭、白老F2頭、ノーザンF1頭。
キャロットの馬は萩原清厩舎から転厩したステラストリームだけ。
竹内正洋調教師が元いたの矢野照厩舎が社台ノーザンの馬が入らない厩舎でしたから、今の馬で結果を出していかないと社台グループからの続けての預託は厳しいでしょうね。
国枝師の推薦があればということかも知れませんが、今年のケイブルグラムはわかりませんけどそもそもキャロットの国枝厩舎に入る馬は期待できませんしねぇ。
あと矢野英師ということになりますが、キャロットの馬をみても成績から竹内厩舎に馬が回ってくるかもあやしい感じです。


昔、助手時代に出資馬を見てもらっていた方が調教師になり、その厩舎の馬に出資するというのも長い間一口馬主をやっていると楽しみの一つになると思います。
勝ち上がってくれたほうがいいに決まっていますが、まァ、勝ち負けは別としてお礼の意味を込めてね。

今年のプレミアムパーティ、やっぱり行けばよかったかなぁ。
キャロットの預託馬が少ない若い調教師は話しかける会員が少ないので、こういう小ネタを持っていると喜んでもらえるでしょう。

category: ●出資馬2004年産

tb: --   cm: 0

過去の経験  

私の出資馬ではないですが、ファドーグの先週の奥平調教師のコメントを読んでいろいろと思ったことがありましたので書きます。

■ファドーグ

4/2 奥平厩舎
2日は軽めの調整を行いました。
「今週の伏竜Sという選択肢もなかったわけではないのですが、この馬の将来を考えて控えさせていただきました。相手を見るだけでもという理由で登録するのも一つの手だったのでしょうが、人間というものは可能な状況にするとつい実行のほうへ意識も傾いてしまうものです。過去の経験からもそういうことはありましたし、欲はあるけれどここはグッと堪えるために登録も見送らせていただきました。今朝は北馬場なども使ってじっくりと動かしているところで変わりない様子を見せています。進めているうちに苦しい部分が表面化してくるようならば違った対応を考えたいと思っていますが、しばらくは軽く動かすか、プール調教を取り入れてみるなどしていろんな経験をさせてステップアップしていきたいですね」(奥
平師)

※キャロットクラブWEBサイトより転載(クラブより転載許可を得ています)。


奥平先生の言う 『過去の経験』 、私には重いなぁ。

私が奥平調教師と初めてお話をしたのは、シルクのパーティーでした。
厩舎開業直前で奥平姓に改姓する前、まだ斉藤姓だった時です。
お話を伺いに行った時は着席されていたのですが、わざわざ立ち上がっていただき恐縮しながらお話を伺いました。

義理の父、奥平真治厩舎にいたシルクプレアデスのことやメジロのことを聞き、私は当時はまだキャロットの会員ではなかったのですが、エクレールヴィオレを出資入会しようと思っていましたのでエクレールヴィオレのことも聞きました。
嘘も方便ということで、こういう時はキャロの会員であり、エクレールヴィオレに出資済みとして話したほうが手っ取り早いですからね。

この馬は当初石毛厩舎へ入る予定でしたが、奥平調教師と社台Fの関係からか入る厩舎が変更になりました。そのことについても聞いたのですが、変更になって間もないこともありこの馬のことはほとんどご存知ではありませんでした。


エクレールヴィオレは、デビュー5戦目となる2006年4月22日の東京競馬でレース中に右トモ脚を脱臼し安楽死の措置が取られました。
いつもはレース後に馬が戻ってきて地下馬道に消えるのを確認するのですが、この時はそれをしなかったのでまさかこんなことになっているとは思いませんでした。
後肢の故障の場合、馬は止まらずそのまま走ってしまうので、特にゴール直前だとわからないですからね。
そういえば、奥平調教師はそれまでのエクレールヴィオレの全レースでパドックでの最終チェックをしていたのですが、このレースの時はパドックに姿がなかったんですよねぇ。

2006年4月22日 2東1 6R 3歳未勝利 芝1600m 大野騎手
17頭 5人気 6着 442kg




シルクのパーティーから2年後、キャロットのサマーパーティーでシルクのパーティーでのことを奥平調教師にお話したのですが、覚えていらっしゃいませんでした。
まァ、そんなもんですね(笑)。

そしてまた2年後、2009年のキャロットのサマーパーティーで奥平調教師とニードルポイントについてお話をさせていただいたのですが、その際 『ニードルは10歳まで現役』 という
ことだったんですよ。

この年のパーティーは典さんがダービーを勝った年で、パーティーではサインと記念写真を待つ行列ができていたくらいに大人気でした。
そんな状況でも典さんは、私が聞いたこと以上にニードルポイントのことをたくさん語ってくださいました。
パーティー以前にもクラブの情報で奥平調教師から、典さんがニードルポイントを気に掛けているというコメントはありました。
愛されている馬だと実感しましたねぇ。

2006年11月5日 5東2 3R 2歳未勝利 ダ1600m 横山典騎手
13頭 5人気 1着 500kg



2009年3月14日  2中5 12R 4歳以上1000万下 ダ1800m 後藤騎手
16頭 7人気 8着 490kg



その2009年の秋、ニードルポイントは錦秋特別の最終追い切りで左トモ脚を故障し薬殺処分寸前まで行きました。
馬の脚の故障は、後肢に比べ前肢で起こることが遥かに多いのですが、なぜか2頭とも後肢を故障したんですよねぇ。

ところがニードルポイントはクラブの方の努力で例外中の例外で薬殺処分を免れ、今は千葉の乗馬クラブにいます。


ニードルポイント、今日4月8日で10歳になります。


■ニードルポイント

09/11/25 現在 (社台F)
「社台ホースクリニックで傷めた左トモの状態を確認してもらいました。アキレス腱が断裂しているわけではないのですが、靭帯の周りの骨と腱をつなぐ組織がひどく損傷しており、手術することもできない状態です。わずかな可能性を信じて再起を目指してきましたが、現在の状態では乗馬としてもスタートすることが困難という大変残念な診断結果となってしま
いました。初めて見たときから素質を感じていましたし、将来はオープンで活躍できると期待していただけに残念というほかはありません。どこへ行ってもニードルのことを聞かれるくらい、たくさんの方々に応援していただきました。それだけにこのようなことになってしまい、とても辛く残念でなりません。たいへん申し訳ありません」(奥平師)
残念ながら競走馬として復帰は断念することになりました。また、時間をかけて治療を続け生命をとりとめるように努めたとしても、回復の見込みはなく、これ以上の延命措置は馬を苦しめるだけと判断し、非常に残念ながら安楽死の処置がとられることになりました。このようなこととなってしまい、会員の皆様にとりましては大変残念なことと存じますが、何とぞご了承くださいますようお願い申しあげます。なお、本馬に出資されています会員の方へは、後日書面をもってお知らせいたします。


09/11/27 現在 (社台F)
本日、クラブスタッフが社台ファームで現在の状態を確認しました。牧場到着後は激しい痛みにより左後脚を地面につけることができませんでしたが、日が経つにつれて痛みがやわらぎ、両脚でしっかりと立てるようになりました。ここ数日間の様子を見るかぎり、当初考えていたよりも回復が早く、片脚で立つことによって発症の危険性がある蹄葉炎の可能性も低
くなってきました。いったんは安楽死の処置をとると判断しましたが、クラブスタッフと獣医で今一度命の大切さ考え協議を行い、千葉県にある宝馬乗馬学校へ来週移動し、腫れの残る脚元の治療を行いながら、乗用馬を目指すことになりました。数日の間、会員の皆様にご心配をおかけしたことを深くお詫び申しあげます。みなさまの心からの応援が本馬の支えとなりますので、ぜひお会いに足を運んでください。

※キャロットクラブWEBサイトより転載(クラブより転載許可を得ています)。

category: ●出資馬2004年産

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