武幸四郎騎手から調教師へ  

武幸四郎騎手が2月一杯で騎手を引退し、3月1日から調教師になりました。

幸四郎騎手がデビューしたのは1997年3月1日。
騎手としての初勝利はオースミタイクーン騎乗で重賞のマイラーズカップ(GⅡ)でしたね。

まさかと思いながらレースを見ていましたが、ほんとに勝つとはねぇ。
ビックリしたのをよく覚えています。
幸四郎騎手も今年で39歳。
一昔前なら、調教師へ転身する騎手は40歳ぐらいで引退していました。
最近はおっさんジョッキーが多過ぎる。


オースミタイクーン 静内SSで撮影


オースミタイクーンは父ラストタイクーン、母Doff the Derbyという血統でジェネラスの半弟。
大好きな馬でした。
妹シンコウエルメスの孫がディーマジェスティ。
そのシンコウエルメスは新馬戦の予後不良になるほどの故障をして。。。この話は関係ないですね。
生産はバリングラと同じアイルランドのBarronstown Studです。


昔、シルクでシルクサバイバーという馬に出資していました。
父馬はオースミタイクーン、母馬はティファニービコー(BMS:ミルジョージ)
厩舎は父馬と同じで武邦彦厩舎でした。
一度は武兄弟のどちらかが乗ってくれると思ったんですがねぇ。
全くでした。
主戦はメジロパーマーの山田泰誠騎手。
ちなみに、川田将雅騎手が初めてシルクの勝負服を着たのはこの馬でした。




シルクサバイバー(2001年 秋) 新冠 八木トレセン


もう閉館して10年以上になるかな、渋谷にプラザエウクス渋谷というJRAの広報施設がありました。
今のようにインターネットが普及していなかった頃は、レース映像(レーザーディスク)を見に行ったり、古い『競馬四季報』で情報を拾いに行っていました。
そこの館長が武邦彦元調教師の御兄弟だったんです。
武一族ですからね、やはりスラッした細身で長身の方でした。


昔読んだ関テレの元アナウンサー杉本さんの本に書いてあった話を書いてみます。
記憶が曖昧なので別の本だったかも知れません。
故武邦彦調教師が騎手だった頃の話です。

杉本さんに話をしたのが武豊騎手だったのかどうか覚えていません。
父親が騎手だった頃の話ですから豊騎手が子どもだった頃のことです。

邦彦騎手が当時減量に苦労していたのかどうかも覚えていませんが。。。

夕食の時、母親は人数分の料理を食卓に並べるが、父親は料理に全く箸をつけない。
ただ家族が食べるのをビールを飲みながら見ているだけ。
父親は『どうせ食べないんだから俺の分は出さなくいい』と言わない。
母親は残された料理を何も言わないで処分する。

夫婦ってそいうもんなのかなぁ~と思ったのを覚えています。

また、邦彦さんは酒好き。
東京から栗東へ帰る新幹線で、車内販売で売っているウイスキーのミニボトルの空ビンを窓の端から端まで並べたとか。
落馬で前歯を折り、仕方なくビールをストローで飲んだら不味かったとか。
そういうエピソードが書いてありましたね。




武幸四郎調教師と同じく今年調教師になった田中博康調教師。
フェブラリーS当日のパドックでは馬主や牧場関係者に営業をしていました。




武幸四郎調教師とは全く関係ない話ばかりになってしまいました。


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