グラスワンダーという夢  

以前WEBサイト『濵田屋LABORATORY』に書いたものをこの度ブログ用に書きなおしました。
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競馬に『夢』という言葉は使いたくはないのですが、グラスワンダーのあの2歳~5歳までの足掛け4年間は、私にとってまさに『夢』というものだったのかも知れません。
DVD 『グラスワンダー 夢色の蹄跡』 を見ながらそう思いました。

私とグラスワンダーとの出会いは、週刊Gallop誌のペーパーオーナーゲーム(POG)が縁でした。
血統と厩舎だけで選んだだけなので、まさかこんな凄い馬になるとは思わなかったです。



●週刊Gallop誌のPOG
今更POGがどういうものかという説明は割愛します。
ま、ここを読んでくださる方に説明は不要でしょうしね。
週刊Gallop誌のPOGは1頭当り10名の人がペーパーオーナーになれました。
私はグラスワンダーの2年前から応募しており、初めて当たったのがアロハドリームでした。
1995年のことです。
アロハドリームの生産は社台ファーム、BMSがノーザンテーストというハズレそうにない、1つは勝ちそうな感じがして応募してみた。父クリエイターは、その頃タニノクリエイトが神戸新聞杯を勝ち、芝の中距離なら大丈夫、クリエイター産駒でもクラシックは無理ではないと思いまた。
アロハドリームを選んだ決め手は、私がアロハシャツ(ハワイアンシャツ)が好きであるからですが、もう1つの理由は、半兄の名前がグローリーデイズという私が大好きなブルース・スプリングスティーンの曲名が由来しているという関係もありまた。
ちなみに、馬主の喜田さんの所有馬にはマイホームタウンという馬もいました。
どちらもブルース・スプリングスティーンのアルバム『Born In the U.S.A.』の収録曲です。

アロハドリームは最後は悲しい結果(現役中に腸捻転で死亡)となりましたが、重賞を2つ勝ち、喜びも悲しみも教えてもらいました。そういう関係で半弟ユートピアの活躍も嬉しかったですねぇ。
POGは他人の所有馬の仮想馬主になり応援するだけで、いくら勝ったところで結局は他人のです。
ですが同じ応援するなら冠号(冠名)のない馬のほうがより近親感が沸きます。マチカネは細川益男さん、ナリタは山路秀則さんの馬であり、応援してても今ひとつ気持ちが入らないですよね。
それも冠号がないアロハドリームを選んだ理由でもありました。
じゃあ、なぜグラスワンダーか?
グラスワンダーのオーナーは半沢有限会社です。
グラスワンダー以前の所有した代表馬といえばグリーングラス、その関係もあり所有馬にはグリーン、グラスの冠号を使用していました。
私が競馬を始めたばかりのころはグラスよりもグリーンのほうを多く使われていたと思います。
しかしそのうち、半沢グループとは関係ない『グリーン愛馬会』という一口馬主クラブが設立され、そのためグリーンの冠号は使われなくなりました。
単にグリーンは半沢グループの冠号だと知っていましたが、グラスが冠号だとは知らなかったんですよ(笑)。

グラスワンダーが現役だった当時は、当然ですが外国産馬はクラシック競走に出走できませんでした。
ではなぜ日本ダービーを頂点とするPOGで外国産馬を選んだかというと、それは前年までのダービー馬のペーパーオーナーの賞品が海外競馬場旅行だったのが、どのGⅠを勝ってた場合でも "特製時計" になり、GⅠの格の差がなくなったからです。
(確か前年のオークス、皐月賞のPO賞品は北海道旅行だったと思います)
それならばマル外で朝日杯かNHKマイルカップを取りに行ったほうが無難ですからね。

これが『朝日杯3歳ステークス』の賞品です。


ちなみにこの時計は、後年CXで放送され捏造事件で打ち切りとなった 『発掘!あるある大事典』 の視聴者プレゼントと同じものです。
ま、同じフジサンケイグループなんですが、まさかハガキ一枚の投稿と同程度の扱いとはね。
ドッチラケでしたよ(爆)。
おまけにこの時計は時間がすぐに狂うわ、電池の消耗は激しいわで使い物になりませんでした。

実は、朝日杯3歳Sを勝った後、Gallop誌の編集部から電話が掛かって来まして、インタビューを受けました。
そのインタビュー記事は、1998年の金杯号に掲載されました。
記事は保存してありますが、ここに掲載するのは今はやめておきましょう。


●主戦騎手:的場均
グラスワンダーを選んだ根拠、それは的場騎手の乗る馬をPOGで持ちたいと思ったからでした。
Gallop誌のPOGというものは、現在の2歳新馬戦スタートから翌年の日本ダービーまでがその期間です。
的場騎手の若駒に競馬を教える乗り方が好きで、それで的場騎手を指名しました。
なぜ馬ではなく騎手を選んだか?
要はダービーを勝つ可能性のある馬を探すより、ダービーを勝つ可能性のある騎手を探すほうが数が少なく手っ取り早いからです。
前年からそう考えていて、その年のオークスで的場騎手が乗ったヤマニンザナドゥが府中の坂を登ったところで人馬転した時「終わった」と思ったと思いました。
そう思う落馬でした。
しかし、グラスワンダーのデビューに的場騎手は間に合いました。
後年キャロットのパーティで的場調教師とお話しする機会があったのですが、聞きたいことはたくさんあったはずなのに突然のことであまりお話できませんでした。




●調教師:尾形充弘
ということで、ぶっちゃけ馬はグラスワンダーでなくてもよかったのです。
的場騎手が乗る厩舎の馬ならどこでも良かったんです。
当時、的場騎手は尾形厩舎、柄崎厩舎、飯塚厩舎などを主に乗っていましたが、当時の成績から尾形厩舎の馬を選びました。
というか、選んだグラスワンダーが尾形厩舎だったというのが、正しいかも知れません。
後年シルクのパーティで尾形調教師とお話しする機会があったのですが、一番確認したかったことを聞くの忘れたんですよね。
それは、なぜ最後のレースになった宝塚記念で蛯名騎手を乗せたのかです。



●血統
POGの募集は数回に分けて行われました。
競走馬登録され、馬名が決まった馬の順です。
場合によってはデビューして既に勝った馬も募集されることがありました。
今と違って、当時はデビューするまで馬名はわかりませんでしたからね。

父:シルヴァーホーク
母:アメリフローラ(BMSダンジグ)
毛色、誕生日


募集馬一覧にあるのはそれだけです。
当時のインターネットは現在ほど発達していず、現在のように血統表、父母の産駒成績など
検索できませんでした。そのため父シルヴァーホーク、母父ダンジグこれだけで判断するしかないとうことです。
父の代表産駒は芝2400mの世界レコードホルダーのホークスター。
その当時は、日本ではメイデンホークぐらいでした。
日本での適性も未知数な部分が多く・・・正直に言って、グラスワンダーという馬、写真も何も見ないでそれだけの情報じゃあ判断しようがないです。
ですから当選した時は、その年のPOGが始まってまだ早い段階だったので、「当たらなくていいのに当たっちゃったよ」と思いました。

先日ホーカーテンペストが3着だった美浦Sの優勝馬レッドレイヴンの母ワンダーアゲインは、グラスワンダーの全妹です。
レッドレイヴンがキャロットで募集でしたら、迷わず出資だったんですけどね。


●デビュー
ペーパーオーナーだから、一口馬主クラブと違っていつデビューするかなんて誰も教えてくれません。
今ではインターネットでいつでも検索し、デビューを見逃すことはないですが、当時は毎週土日のスポーツ新聞を買って自分で探すしかなかったんです。
当時は毎週馬券は買っていたし、馬券に関係なく必ず東スポは買っていました。そのうち、グラスワンダーはGallop誌の『今開催デビューする有力馬』、『今週の注目馬』等で取り上げられ、事前にデビューを知ることはできました。
この時、これはもしかしたら凄い馬であるということが初めてわかりました。
そして私の願いがかない、鞍上は的場騎手でデビューとなりました。
この時点でかなりの満足度でした(笑)。



【1997.10.12 アイビーS】


【1997.11.8 京成杯3歳S】


●エルコンドルパサー
グラスワンダーがデビューした年、もう一頭の怪物がデビューしました。
もちろんエルコンドルパサーです。
その頃の競馬を知っている人なら誰でもご存知のとおり、エルコンドルパサーの主戦騎手も的場騎手でした。
エルコンドルパサーは、グラスワンダーがデビュー2連勝を飾ったアイビーS当日の2歳新馬戦でデビューしました。
その新馬戦当時はエルコンドルパサーについては私は全く情報を持っていなく、特に注目している馬でもなかったです。そのレースは見ず、グラスワンダーの登場を待つパドックでラジオを聴いていただけでしたが、故障したか?と思わせるラジオの実況・・・しかし勝ったのはエルコンドルパサーでした。
あの新馬戦の衝撃は今でも忘れられません。
「的場がグラスワンダーを降りるかもしれない」そんな思いがし、寒気すら感じました。

この2頭の馬、どちらにも乗ったのは的場均騎手と蛯名正義騎手の2人だけです。
また、2頭ともこの2人しか乗っていません。
果たしてどちらが強いのか、これはこの2人にしかわかりません。
3歳秋の毎日王冠で2頭が対決した時、的場騎手は春にNHKマイルCを勝ったエルコンドルパサーではなく、故障のため2歳の朝日杯以来の実戦となるグラスワンダーを選びました。
結果的には逃げたサイレンススズカに鈴を付けに行ったグラスワンダーが直線を向いて失速し、中団から虎視眈々と先頭集団を見ていたエルコンドルパサーが2着となりました。
その後の2頭の活躍は、皆さんのご存知のとおりです。
そして翌年、欧州に旅立つエルコンドルパサーに蛯名騎手、日本に留まるグラスワンダーに的場騎手、それでよかったのでしょう。
そしてその2年後の宝塚記念の鞍上に関係者は蛯名騎手を指名しました。
それは結果次第での海外遠征(キングジョージ)を見据えた騎乗依頼だったのでしょうか?
関係者ではない私には、これ以上ことはわかりません。


1998年の毎日王冠 エルコンドルパサー / サイレンススズカ

余談ですが、グラスワンダーの大西厩務員、エルコンドルパサーの根来厩務員、サイレンススズカの加茂厩務員、3名の方は皆定年間際のおじいちゃんでした。
グラスワンダーの大西さんは、尾形藤吉、尾形盛次、尾形充弘の三代の調教師に仕えた厩務員で、尾形充弘調教師が最後の仕事として託したのがグラスワンダーでしたね。

【1998.10.11 毎日王冠】


【1999.10.10 毎日王冠】



●第43回有馬記念
単勝と馬連でエアグルーヴ、シルクジャスティス、メジロブライト、セイウンスカイに流しました。
さすがに、毎日王冠、ア共和国杯の結果から、合計1万円以上は張れませんでした(笑)。
ア共和国杯後に虫下しをかけ、グラスワンダーの体調が上向いているのは確かでした。
あの時の感動・・・毎年有馬が近づくと思い出します。
馬券で儲けたことは素直に嬉しいですが、好きな馬、デビュー前から応援している馬が有馬記念を勝つということは、それとは意味合いが違うと思います。


単勝:2番 14.5倍 / 馬連:2-10番 44.3倍

ちなみに翌年、1999年の第44回有馬記念はゴールした瞬間、勝ったと思いました。
私にはどう見てもグラスワンダーの鼻が前に出ていましたから。
毎日王冠は負けたと思いました。


●引退式
故障してまった宝塚記念は、状態次第で最悪の事態になる可能性もありました。
幸いその年の有馬記念当日に中山競馬場で引退式が迎えられることができました。
普通は引退が発表されると登録抹消されますよね。
ですがグラスワンダーは登録抹消されずに北海道から尾形厩舎に帰厩し、尾形厩舎の預託馬のまま引退式を迎えました。
この日は開門前から船橋法典駅の競馬場口に並び、地下道を走りました。
さすがに途中で一杯になり、最後は歩きましたけどね(笑)。
引退式後は場所を移動しグラスワンダーを応援する仲間たちと夜遅くまで飲んでました。





●その後
グラスワンダーが引退して13年が経ちました。
引退後は種馬となり当初は社台SSで共用でしたが、ブリーダーズSSに移動となりました。
私は種馬としてはコンスタントに走る仔を出すタイプではなく、父シルヴァーホーク同様に一発ホームランのタイプだと思いました。
一応平地ではJCを勝ったスクリーンヒーロー、宝塚記念のアーネストリーを出しはしました。
障害ではマルカラスカル。
なぜか、ダイナアクトレスと合うんですよね(笑)。

グラスワンダー産駒はシルクで2頭出資しましたが、私が思い描いたような夢は見れませんでした。
キャロットでも産駒は募集されましたが、私が思い描いたような夢は見れないと判断し出資しませんでした。
ま、そのとおりの結果になりましたけどね。
もうグラスワンダー産駒に出資する機会はないと思います。
今後はBMSで何か面白い馬がいたらいいなあと思います。

【社台SSにて撮影】
2001年5月


2001年12月


2002年5月



【オリジナルは2003年11月作成】


長文、下手な文章を読んでいただき、ありがとうございます。

今年は午年です。
前回の午年はまだ馬に乗っており、正月明けは乗馬クラブで昼休みにお神酒を飲んでそのまま馬に乗ったら無駄な力が抜けて良い具合で乗れました。
馬は軽車両なので飲酒運転ですがね。
とはいえ、公道を走ったわけじゃないのでO.Kでしょうか(爆)。

今年もよろしくお願いいたします。

濵田屋
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category: ▲馬の雑談

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コメント

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
尾形先生はシルクと密接な関係にあったので何度かお話をしましたが全てお酒が入っていたのでただの酔っ払いの競馬好きのおっさん(笑)でした!

ラム #- | URL
2014/01/01 06:25 | edit

濱田屋さん新年あけましておめでとうございます。<(_ _)>
ブログ開設おめでとうございます。またリンクさせてもらいますね。
グラスワンダーもスクリーンヒーロー、アーネストリーと頑張ってますよね。今年は馬年なのでなにかとあやかりたいですね。

れおん #- | URL
2014/01/01 14:14 | edit

re

■ラムさん。
あけましておめでとうございます。
こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします。
今年はどこかのタイミングで飲み会をやりたいですね♪
馬の走り次第でしょうか(笑)。

濱田屋 #YowB97Mg | URL
2014/01/02 00:47 | edit

re

■れおんさん。
あけましておめでとうございます。
訪問ありがとうございます。
れおんさん??
きゃろぱ♪のれおんさんでしょうか?

濱田屋 #YowB97Mg | URL
2014/01/02 00:50 | edit

本日参加できずすみません。
これから初出勤です・・・。
レックスかラブラが府中出走してもらいたいですね。

ラム #- | URL
2014/01/02 06:39 | edit

re

■ラムさん。
年明けからお疲れ様です。
そのうちやりましょう。
まずは、その機会を馬に作ってもらわなければ(笑)。

濱田屋 #YowB97Mg | URL
2014/01/02 12:27 | edit

お久しぶりです

濱田屋さんきゃろぱのひとではないです。
昔シルクでご一緒でしたれおんです。
私のほうは一口界からフェードアウト気味で
馬券に関心が戻りつつあります。
ようやくシルクも良くなってきたのに(笑)
今は馬券師として出直し中といったところです。

れおん #NHJrzpKY | URL
2014/01/02 12:53 | edit

re

■れおんさん。
これは失礼しました。
プレアデスのれおんさんでしたか。
私は馬券は天皇賞も有馬記念も買わず、自分の馬のレースをチョロチョロ買う程度です。
グリーンchも解約し競馬を全く見ない土日が当たり前の状況ですから、重賞常連の馬でも「?」な馬が多いです。
一口に関しては、毎年募集時に「今年はやめようか」「もっと有意義な金の使い方があるんじゃないか?」なんて考えていますよ(笑)。
という感じで、自分の中にいる馬がいなくなってしまいそうなのでブログを始めました。

濱田屋 #YowB97Mg | URL
2014/01/02 13:41 | edit

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